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東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)53号 判決 1977年11月07日

東京都大田区大森東五丁目一二番六号

原告

田野口等

右訴訟代理人弁護士

中條政好

東京都大田区中央七-四-一八

被告

大森税務署長

住田恵教

右指定代理人

金沢正公

右指定代理人

高橋実

高岡平三郎

服部昭一

東京都千代田区大手町一-三-二

被告

東京国税局長

山橋敬郎

右指定代理人

金沢正公

高橋実

主文

一、本件各訴えのうち、次の各訴えを却下する。

1  被告税務署長に対して原告の昭和三五年分の所得税についての更正処分並びに同三六年分所得税についての更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分の取消しを求める訴え

2  被告東京国税局長に対して原告の昭和三六年分の所得税についての更正処分に対する審査請求却下の裁決の取消しを求める訴え

3  被告税務署長に対する金員の支払いを求める訴え

二、原告の本件各訴えにかかるその余の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、原告

1  被告税務署長が原告の昭和三五年分の所得税について昭和三八年七月三一日付をもつてした更正処分を取消す。

2  被告税務署長が原告の昭和三六年分の所得税について昭和三八年七月三一日付をもつてした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分並びに同四一年九月三〇日付をもつてした再更正処分及び重加算税賦課決定処分を取消す。

3  被告東京国税局長が原告の昭和三五年分及び同三六年分の各所得税についての前記各更正処分に対する審査請求について昭和四〇年二月一二日にした審査請求却下の各裁決を取消す。

4  被告税務署長は原告に対し二二万五〇八〇円及び右金員につき還付の決まつた日より完済に至るまで一〇〇円につき一日二銭の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

二、被告ら

(本案前の申立)

1 本件各訴えのうち、次の各訴えを却下する。

(一) 被告税務署長に対して、原告の昭和三五年分の所得税についての更正処分並びに同三六年分の所得税についての更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分の取消しを求める訴え

(二) 被告東京国税局長に対して原告の昭和三六年分の所得税についての更正処分に対する審査請求却下の裁決の取消しを求める訴え

(三) 被告税務署長に対する金員の支払いを求める訴え

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案の申立)

1 原告の各請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(原告の請求原因)

一、更正処分等の取消し請求

1 原告は、被告税務署長に対して原告の昭和三五年分及び三六年分の所得税について、次表(一)及び(二)の確定申告欄記載のとおり確定申告をしたところ、被告税務署長は、同表(一)及び(二)の更正処分欄記載のとおり更正処分(以下、「本件昭和三五年分更正処分」、「本件昭和三六年分更正処分」という。)及び過少申告加算税賦課決定処分(以下、「本件過少申告加算税賦課決定処分」という。)をし、さらに、昭和三六年分の所得税については、次表(二)の再更正処分欄記載のとおり再更正処分(以下、「本件再更正処分」という。)及び重加算税賦課決定処分(以下、「本件重加算税賦課決定処分」という。)をした。

(一) 昭和三五年分

<省略>

(二) 昭和三六年分

<省略>

(注)・所得税額の各欄の金額はいずれも源泉所得税額二万五三五〇円控除後の金額である。

・なお再更正処分欄の過少申告加算税(二二五〇円)は更正処分において賦課決定したものが存続しているとの趣旨であり、再更正処分において新たに賦課決定したものではない。

2 原告は、本件昭和三五年分、昭和三六年分各更正処分を不服として、昭和三八年八月二七日被告税務署長に対して異議の申立てをしたところ、同被告は、「同年七月二五日付」をもつて原告の右異議申立てをいずれも棄却する旨の決定をし、原告は、右決定書の謄本を同年一一月二八日に受領した。そこで、原告は、さらに被告東京国税局長に対して同年一二月二七日審査請求をしたところ、同被告は、昭和四〇年二月一二日原告の右審査請求をいずれも却下する旨の裁決(以下、「本件昭和三五年分却下裁決」、「本件昭和三六年分却下裁決」という。)をした。

3 しかしながら、本件三五年分、昭和三六年分各更正処分及び本件再更正処分には次のとおり取消しうべき違法がある。

(一) 被告が原告に対しなした昭和三五年分、昭和三六年分の各更正処分及び本件再更正処分は、原告に各係争年中に課税される譲渡所得がなかつた(なお、各係争年中に譲渡所得があつたとする原告の前記各確定申告は、後記二3記載のとおり錯誤に基づくものである。)にもかかわらず、これがあるものとしてなされたものであるから、右各処分には原告の総所得金額を過大に認定した違法がある。したがつて、また、本件各賦課決定処分も違法というべきである。

(二) 原告の昭和三五年分、昭和三六年分の譲渡所得税の各申告はいずれも大森税務署職員の指導によりなされたものであるが、右税務署職員は、その際、旧所得税法五条の二第三項の存在を原告に教えることを怠つたからその申告指導には重大な瑕疵があつたものというべきであり、それにしたがつてなされた原告の右各申告はいずれも無効というべきである。したがつて右各更正処分及び本件再更正処分は無効な申告を前提になされたもので違法である。

(三) (本件再更正処分の違法事由)

国税通則法七〇条一項は、「次の各号に掲げる更正又は賦課決定は、当該各号に掲げる期限又は日から三年を経過した日以後においてはすることが出来ない。」と規定しており、原告が、被告ら主張の石橋プレス工業株式会社に対し、その所有する宅地、建物を譲渡した日時は昭和三六年一二月二〇日であるからこの課税標準及び税額の法定申告期限は昭和三七年三月一五日となる。したがつて、この日の翌日から起算して三年以後、すなわち昭和四〇年三月一五日以後においては再更正は出来ないのであつて、昭和四一年九月三〇日に行つた被告税務署長の再更正処分は除斥期間を超えてなされた違法な処分である。

4 また、本件昭和三五年分、昭和三六年分各却下裁決は、前記審査請求が国税通則法七九条(ただし、昭和四五年法律第八号による改正前のもの。以下、同じ。)三項所定の審査請求期間を徒過した不適法なものであることを理由としてなされたものであるが、前記審査請求が適法な審査請求期間内になされたものであることは前記のとおりであるから、右各却下裁決は違法というべきである。

5 よつて、原告は、被告税務署長に対し、本件昭和三五年分更正処分と、本件昭和三六年分更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分の各取消し、並びに被告東京国税局長に対し、本件昭和三五年分、昭和三六年分各却下裁決の各取消しを求める。

二、誤納金還付請求

1 被告税務署長は、原告の昭和三五年分の所得税について、昭和三七年一月三一日無申告加算税五五〇〇円の賦課決定処分を、昭和三五年分の個人再評価税について、原告が昭和三六年一二月一六日にした再評価差額一三万〇八八四円、再評価税額零とする申告に対して、昭和三七年一二月二六日再評価差額二六万一五三四円、再評価税六六九〇円とする更正処分をそれぞれし、さらに、昭和三六年分の個人再評価税について、原告が昭和三七年三月一五日にした再評価差額七一万八四四四円、再評価税三万四一〇〇円とする申告に対して、昭和三七年一二月二六日再評価差額八二万五八一一円、再評価税四万〇五四〇円とする更正処分をした。

2 原告は、昭和三五年分の所得税についての前記無申告加算税五五〇〇円を昭和三七年二月七日に、昭和三五年分の前記個人再評価税更正分六六九〇円を同年一二月三一日に、昭和三六年分の前記所得税確定申告分一七万二三五〇円(源泉徴収税額二万五三五〇円を除く。)を同年三月一五日に、昭和三六年分の前記個人再評価税申告分三万四一〇〇円を同日に、右再評価税更正分六四四〇円を同年一二月三一日にそれぞれ国に納付した。

3 しかしながら、原告の昭和三六年分の所得税及び個人再評価税については、原告には、本来昭和三六年中に課税される譲渡所得がなかつたにもかかわらず、右所得があるとの被告の誤まつた教示に従い、これがあるものとしてそれぞれ前記のとおり申告したものであるから、原告の右各申告は錯誤に基づくものであり、無効というべきである。したがつて、原告が納付した昭和三六年分の所得税確定申告分一七万二三五〇円及び個人再評価税申告分三万四一〇〇円は誤納金であつて、原告に還付すべきものである。

また、原告の昭和三五年分の所得税についての前記無申告加算税賦課決定処分及び昭和三五年分、昭和三六年分の個人再評価税についての前記各更正処分は、いずれも原告に昭和三五年及び昭和三六年中に課税される譲渡所得があつたことを前提としてなされたものであるが、原告には前記のとおり右各係争年中には課税される譲渡所得はなかつたのであるから、右各処分はいずれも違法というべきである。したがつて、原告が納付した前記無申告加算税五五〇〇円、昭和三五年分の個人再評価税更正分六六九〇円及び昭和三六年分の個人再評価税更正分六四四〇円は誤納金であつて、原告に還付すべきものである。

4 ところで、国税通則法五六条によれば、誤納金の還付事務は所轄国税局長、税務署長または税関長の権限とされ、同法施行令二一条(ただし、昭和四〇年政令第九九号による削除前のもの)一項によれば、還付金等の還付請求は、原則として同項所定の書面をもつて所轄国税局長、税務署長または税関長に対してすべきものとされ、同条二項によれば、税務署長は、還付金等を還付すべき場合において、その還付のため支払決定をすべき金額が大蔵省令で定める金額、即ち、同法施行規則二条(ただし、昭和四〇年大蔵省令第一四号による削除前のもの)で定める三〇万円をこえるときは、その税務署長の管轄区域を所轄する国税局長にその還付に関する事務の引継ぎをしなければならない旨規定されている。それによれば、本件の場合は、原告が還付を求める誤納金額は合計二二万五〇八〇円で三〇万円を超えないから、所轄税務署長である被告税務署長が右誤納金を原告に還付すべきものというべきである。

5 よつて、原告は被告税務署長に対して前記誤納金合計二二万五〇八〇円の還付及びそれに対する右金員について還付の決まつた日より完済に至るまで一〇〇円につき一日二銭の割合による国税通則法所定の還付加算金の支払いを求める。

(被告らの本案前の主張)

一、本件昭和三五年分、昭和三六年分各更正処分の取消しを求める訴えについて

1 本件昭和三五年分、昭和三六年分各更正処分及び本件過少申告加算税賦課決定処分の取消しの訴えは、訴願前置の要件をみたしていないから、不適法として却下されるべきである。

即ち、原告は、本件昭和三五年分、昭和三六年分各更正処分及び本件過少申告加算税賦課決定処分について、昭和三八年八月二七日被告税務署長に対して異議の申立てをしたが、同被告は、同年一一月二〇日これをいずれも棄却する決定をし、同日右決定書の謄本を原告にあてて書留郵便で発送したところ、右決定書の謄本は、発送の翌日である昭和三八年一一月二一日原告に送達された。これに対して、原告は、同年一二月二七日被告東京国税局長に対して審査請求をしたが、国税通則法七九条三項は、右審査請求期間を異議申立てについての決定の通知を受けた日の翌日から起算して一月以内(したがつて、本件の場合は昭和三八年一二月二一日まで)と限定しており、右期間経過後においては同条五項、七六条(ただし、昭和四五年法律第八号による改正前のもの)三項に規定する天災その他やむをえない理由があると認められないかぎり、審査請求ができないことは明白である。そこで、被告東京国税局長は、原告の前記審査請求が法定の期間経過後にされたものであり、しかも、期間経過についてやむをえない理由がないものと認め、これを不適法として昭和四〇年二月一二日にいずれも却下した。ところで、更正処分に対する取消しの訴えを提起するについては、異議申立てに対する決定、審査請求に対する裁決をそれぞれ経なければならないことは行政事件訴訟法八条一項ただし書、国税通則法八七条(ただし、昭和四五年法律第八号による改正前のもの。以下、同じ。)一項の規定上明らかであるが、本件のように、審査請求そのものが不適法であるとして却下の裁決がなされた場合には、いまだ国税通則法八七条一項所定の訴願前置の要件をみたしたものとはとうていいうことができない。そうだとすると、前記各訴えは、訴願前置の要件をみたしていない不適法なものとして却下されるべきである。

もつとも、前記異議申立てに対する決定書の日付は昭和三八年七月二五日及び同年一一月二五日と記載されているが、これらはいずれも昭和三八年一一月二〇日の誤記であり、右日付の誤記は、右決定書の謄本の送達日及び審査請求の起算日になんら影響を与えるものではない。すなわち、行政不服審査法には決定書に日付を記載すべき趣旨の規定がない(同法四八条、四一条一項参照)ことからみて、右日付の記載は決定の形式的要件というべきものではなく、単に決定をした日を明確にするに止まるものと解すべきであるから、日付の誤記は決定の効力に影響を及ぼさないものであり、また、日付の記載は処分の通知の要件と解すべきではなく、通知はその日付のいかんにかかわらず、その到達したときに効力を生じるものである。右決定の日付が審査請求期間の計算上なんら関係のないことは国税通則法七九条三項の規定上も明らかである。

仮りに、原告が前記異議申立てに対する決定の通知を受けた日を看過して、右決定書の日付である昭和三八年一一月二五日をそのまま信頼して審査請求期間を計算したとしても、適法な審査請求期間は同日の翌日から起算して一月以内である昭和三八年一二月二五日までであるから、いずれにしても原告の前記審査請求は法定の審査請求期間を徒過した不適法なものであつて、原告の前記各訴えは訴願前置の要件をみたさない不適法なものである。

2 本件昭和三六年分更正処分の取消しを求める訴えは、訴えの利益を欠き不適法であるから却下されるべきである。

即ち、本件昭和三六年分更正処分は本件再更正処分によつて効力を失なつたから、右更正処分の取消しを求める訴えは、訴えの対象を欠き、訴えの利益がないのであるから不適法というべきである。

二、誤納金の還付及び還付加算金の支払いを求める訴えについて

元来、誤納金の還付及び還付加算金の支払いを求める訴えは、行政庁である税務署長を被告として提起することはできないから、被告税務署長に対して誤納金の還付及び還付加算金の支払いを求める本件訴えは、不適法として却下されるべきである。

三、本件昭和三六年分却下裁決の取消しを求める訴えについて

本件昭和三六年分却下裁決の取消しを求める訴えは、訴えの利益を欠き不適法であるから却下されるべきである。即ち、本件昭和三六年分更正処分は前記のとおり本件再更正処分によつて効力を失なつたから、右更正処分を前提としている右却下裁決も効力を失なつたものというべきであり、したがつて、右却下裁決の取消しを求める訴えは、訴えの対象を欠き、訴えの利益がないものであるから不適法というべきである。

(請求原因に対する被告らの認否及び主張)

一、請求原因に対する認否

1 請求原因一について

(一) 1の事実は認める。2のうち、被告税務署長が異議申立てを棄却した決定の日付が昭和三八年七月二五日であること及び原告が右決定書の謄本の送達を受けた日が同年一一月二八日であることは否認するが、その余の事実は認める。3の(一)、(二)、(三)はいずれも争う。4のうち、本件昭和三五年分、昭和三六年分各却下裁決が原告主張の理由によりなされたものであることは認めるが、その余は争う。

(二) (3の(三)に対する反論)

被告のなした再更正処分により原告が納付すべき税額の基礎となつた事実は後記のとおり、いずれも仮装隠ぺいにより原告が不当に所得税額を免れようとした行為によるものであり、右行為は国税通則法七〇条二項四号の「偽りその他不正の行為によりその全部若しくは一部の税額を免れ」た場合に該当するから更正処分の期間制限は原告の主張する三年ではなく五年である。したがつて、原告の昭和三六年分確定申告の法定申告期限である昭和三七年三月一五日から五年を経過した日、即ち、昭和四二年三月一五日まで更正処分を行うことができるのであるから、昭和四一年九月三〇日に行つた被告税務署長の再更正処分は適法である。

なお、本件再更正処分では後記、原告の石橋プレス工業株式会社に対する譲渡のほかに後記のとおり田野口勝に対する田畑の贈与についての計算誤びゆうによる加算(相模鉄道株式会社に対する譲渡については計算誤びゆうによる減算)も含まれているが、一部を「偽りその他不正の行為」により税を免れた場合、五年の更正期間の適用はその一部のみに限られないから本件再更正処分は期間制限に違反した違法は何ら存しない。

2 請求原因二について

1及び2の事実は認める。3及び4は争う。

二、本件昭和三五年分更正処分についての主張

1 原告の昭和三五年分の総所得金額は一〇六万七七一〇円であり、その内訳は、給与所得二八万八〇〇〇円、譲渡所得七七万九七一〇円である。したがつて、その範囲内にとどまる本件昭和三五年分更正処分は適法である。

2 右各所得のうち、争いのある譲渡所得の算出根拠は次のとおりである。

原告は、昭和三五年一一月一〇日原告の実弟である田野口元治に対して、別紙(一)記載の宅地及び山林を贈与した。

ところで、このような場合、所得税法(ただし、昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの。以下、「旧所得税法」という。)五条の二によれば、その贈与の時において、その時の価額により資産の譲渡があつたものとみなすことになつているところ、右贈与物件の価額は、別紙(一)記載のとおり、宅地の部は八一万一二六〇円、山林の部は一一六万六四〇〇円、合計一九七万七六六〇円と認められた。そこで、右譲渡収入とみなされる価額の合計額一九七万七六六〇円から取得(再評価)価額として別紙(一)記載のとおり宅地の部一九万八二八〇円、山林の部六万九九六〇円、合計二六万八二四〇円を控除すると、譲渡所得の合計額は一七〇万九四二〇円となる(旧所得税法九条一項八号)。

したがつて、課税される譲渡所得の金額は、次の算式により七七万九七一〇円となる(旧所得税法九条一項)。

<省略>

三、本件昭和三六年分更正処分及び再更正処分についての主張

1 原告の昭和三六年分の総所得金額は四四六万八〇五五円であり、その内訳は、給与所得四九万一〇〇〇円、譲渡所得三九七万七〇五五円である。したがつて、右金額の範囲内にとどまる本件昭和三六年分更正処分及び再更正処分は適法であり、また、本件各賦課決定処分については、後記3記載のとおり国税通則法六五条、六八条各一項所定の要件があるから、右各処分も適法というべきである。

2 右各所得のうち、争いのある譲渡所得の算出根拠は次のとおりである。

(一) 原告は、昭和三六年一二月二〇日、原告所有の東京都大田区大森六の二六六五番所在の宅地七七・六一坪及び同番地所在の居宅(建坪二九坪)を石橋プレス工業株式会社に売却したが、右譲渡価額は八〇〇万〇〇〇〇円であり、右金額からその取得価額(土地については再評価額、建物については残存価額)七四万四二四九円、譲渡経費四万七三〇〇円、合計七九万一五四九円を控除すると、右譲渡所得の金額は七二〇万八四五一円となる。

ところで、原告は後記のとおり右譲渡は租税特別措置法(昭和三七年法律第四六〇号による改正前のもの。以下、「措置法」という。)三五条に該当するから、右譲渡所得について所得税を負担すべき義務はない旨主張する。

しかし、以下に述べるとおり、原告の右主張は失当である。

(1) 居住用財産の買換の場合の譲渡所得の課税の特例を受けるためには、個人が居住用財産を譲渡し、当該譲渡の日前一年の期間または当該譲渡の日の属する年の一二月三一日までに当該個人の居住の用に供する財産を取得し(譲渡の日の属する年の翌年で、当該譲渡の日から一年以内に取得した場合を含む。)かつ、当該取得の日から一年以内に居住の用に供したこと(当該期間内にその者の居住の用に供さなくなつた場合を除く。)または供する見込みであることが要件となつている(措置法三五条一項及び二項)。なお、同法三五条一項または同条二項の適用を受けた者でも、同条一項に規定する居住用財産を取得した日から一年以内に居住の用に供しない場合、または供さなくなつた場合には一定期間内に修正申告書を提出せねばならないと規定されている(措置法三六条二項及び三項)とおり、当該取得財産を居住の用に供する見込みで取得しても、取得後一年以内に居住の用に供さなかつた場合または供さなくなつた場合には、当該譲渡につき、措置法三五条一項または二項の適用がないことは明らかである。

(2) ところで、原告は、前記譲渡物件を昭和三六年一二月二〇日に譲渡し、茨田直蔵から昭和三六年七月一〇日に取得した同人所有の東京都大田区大森東五丁目六三〇七番所在の土地八八坪(以下、「本件買受土地」という。)の上に木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建倉庫(一階六六坪、二階六六坪、以下、「本件倉庫」という。)を昭和三八年二月二八日に新築したものである。

(3) しかし、原告は、昭和三六年一二月ごろから昭和三八年一月ごろまでは果物屋を経営していた伊藤誠八所有の東京都大田区大森五丁目一六番地(旧番地)所在の家屋に居住し、その後、昭和四二年五月六日までは同区大森四丁目一七七番地(旧番地)(なお、昭和三九年九月一日表示変更により大森西五丁目七番四号に変更)に引き続いて居住していたものである。

そうすると、原告は、昭和三六年一二月ごろから昭和四二年五月六日までの期間内は本件倉庫には居住していなかつたものであるから、本件倉庫は措置法三五条に規定するところの個人の居住用財産に該当しないことは明らかであり、また、本件倉庫の敷地である本件買受土地も右居住用財産に該当しないことは明白である。

したがつて、原告の前記主張は理由がないというべきである。

なお付言すれば、原告は、昭和三七年一〇月頃から原告の主宰する信栄運輸株式会社(旧商号城南倉庫株式会社)に本件倉庫を賃料月額一二万〇〇〇〇円で貸付け、以後現在に至るまで不動産収入を得ているものである。

(二) 原告は、原告の甥である田野口勝に対して別紙(二)記載の田及び畑を贈与するため、右農地について、昭和三五年一一月三〇日付で農地法三条による右農地の所有権移転の許可申請を神奈川県高座郡海老名町(現在、神奈川県海老名市)農業委員会を経由して、神奈川県知事に対してなし、昭和三六年二月一〇日付で右許可を得た。そこで、原告は、昭和三六年四月四日、右農地を田野口勝に贈与した。

ところで、このような場合、旧所得税法五条の二によれば、その贈与の時において、その時の価額により資産の譲渡があつたものとみなすことになつているところ、右贈与物件の価額は、別紙(二)記載のとおり、田の部は二万六三三〇円、畑の部は三六万二六五九円、合計三八万八九八九円と認められた。そこで、右譲渡収入とみなされる価額の合計額三八万八九八九円から取得(再評価)価額として別紙(二)記載のとおり田の部六六〇〇円、畑の部七万八四〇〇円、合計八万五〇〇〇円を控除すると、右譲渡所得の金額は三〇万三九八九円となる(旧所得税法九条一項八号)。

(三) 原告は、昭和三五年五月三一日原告所有の神奈川県高座郡海老名町柏ケ谷字天谷原四九一番の畑一、三七八・六平方メートル(一反三畝二七歩)を相模鉄道株式会社に代金七六万四五〇〇円で売却した。

したがつて、右譲渡価額七六万四五〇〇円から取得(再評価)価額二万六八八〇円、譲渡経費一四万五九五〇円、合計一七万二八三〇円を控除すると、右譲渡所得の金額は五九万一六七〇円となる。

(四) 以上(一)ないし(三)の譲渡所得の金額の合計額は八一〇万四一一〇円となり、課税される譲渡所得の金額は、次の算式により三九七万七〇五五円となる(旧所得税法九条一項)。

<省略>

3 本件重加算税賦課決定処分は以下のとおり適法である。

本件重加算税賦課決定処分は本件昭和三六年分更正処分と本件再更正処分の所得金額に対応する所得税額の差額にかかるものであるが、次の事実が認められたために行なわれたものであるから、右賦課決定処分は適法である。

(一) 原告は前記2(一)記載のとおり宅地及び居宅を石橋プレス工業に八〇〇万〇〇〇〇円で売却した。

ところが、原告は右の譲渡について買受人と通謀のうえ譲渡価額を五〇〇万〇〇〇〇円とし、譲渡収入のうち三〇〇万〇〇〇〇円を隠ぺいして譲渡所得の確定申告をした。

(二) しかも原告は、右の譲渡に関連して、その事実がないのに措置法三五条の規定による居住用財産の買換の場合の譲渡所得の課税の特例を適用して、次のとおり虚偽の譲渡所得の確定申告をした。

すなわち、原告は、右の譲渡について前記のとおり譲渡価額は八〇〇万〇〇〇〇円であつたにもかかわらず、これを五〇〇万〇〇〇〇円と仮装し、さらに、措置法三五条の適用を受けるため、昭和三七年一月三一日に被告税務署長に対して代替家屋の取得価額の見積額等の承認申請書を提出し、居住用財産のうち、土地は前記2(一)(2)記載の本件土地を当て、建物は昭和三七年四月三〇日に取得見込みであるとして、その明細書として建築業者が作成した木造二階建、建築面積三一・三八坪(一階一八・三八坪、二階一三坪)とする建築見積書を添付した。そして原告は、さらに昭和三七年三月一三日に昭和三六年分の所得税の確定申告に先立ち被告の職員から右の譲渡を含めた譲渡所得の申告手続の指導を受けた際、取得見込みの建物は木造の建築面積三〇坪の住宅及び店舗の兼用建物であり、そのうち居住用部分は一八坪であつて、土地を含めた居住用財産の取得見積額は三七八万〇〇〇〇円であると説明した。そのため前記虚偽の譲渡価額五〇〇万〇〇〇〇円及び右の見込価額を基礎として右物件の譲渡にかかる譲渡所得の金額は一〇二万七九九五円と算定され、原告は、昭和三七年三月一五日にそのままの金額で他の譲渡をも含めた譲渡所得の確定申告をした。ところが、原告は、右確定申告が終了するや、太田区役所に前記2(一)(2)記載の本件倉庫の建築確認申請を行ない、昭和三七年七月三日付で右建物の建築確認を受けて、右建物を本件土地に建築したが、右建物は建築面積が一階六六坪、二階六六坪の倉庫であつて、右取得見込みの建物とはまつたく相違したものである。

このように、原告は居住の意図のない倉庫用建物を取得する見込みであつたにもかかわらず、居住用建物を取得する見込みであることを仮装した建築見積書を添付して居住用財産の買換の場合の課税の特例を受け、虚偽の確定申告書を提出して所得税額を免るべく作為したものである。

四、本件昭和三五年分、昭和三六年分各却下裁決についての主張

原告の被告東京国税局長に対する前記審査請求は、前記被告らの本案前の抗弁一1記載のとおり、国税通則法七九条三項所定の審査請求期間を徒過してなされたものであり、しかも、右期間徒過についてやむをえない理由はないから不適法というべきである。したがつてこれを不適法として却下した本件昭和三五年分、昭和三六年分各却下裁決はいずれも適法である。

五、なお被告が主張した別紙(一)及び(二)の各表評価額欄並びに取得価額(再評価額)欄に記載されている金額の算出根拠は次のとおりである。

1 評価額について

課税年分が昭和三五年分及び昭和三六年分の場合、みなす譲渡にかかる資産の評価額は相続税財産評価額をもつて、その金額とされていたので、別紙(一)の各表の評価額は昭和三五年分における宅地又は山林の相続税財産評価額によつて評価した金額であり、別紙(二)の各表の評価額は昭和三六年分における田又は畑の相続税財産評価額によつて評価した金額である。

しかして、別紙(一)及び(二)の各部の土地の相続税財産評価額は別紙(三)に記載した賃貸価格(旧地租法八条の規定に定めるもの。以下同じ。)に、各年分毎の相続税財産評価基準(国税庁長官及び国税局長が定めたもので、公開されている。)に定める一定倍率を乗じて算定した金額であり、右各部の土地毎の算出内訳は、別紙(四)に記載したとおりである。

2 取得価額(再評価額)について

個人が所有する土地で財産税調査時期(旧財産税法一条一項一号に定める時期で、昭和二一年三月三日午前零時をいう。)前に取得していたものが、資産再評価法(昭和三七年法律第四四号による改正前のもの。以下同じ。)三条に定める基準日(昭和二八年一月一日。以下「資産再評価法の基準日」という。)以後昭和三六年一二月三一日までの間に譲渡又は贈与があつた場合は、右土地は基準日現在において再評価されたものとされ(資産再評価法九条)、再評価されたものとみなされる金額が、譲渡所得の計算上における取得価額とされている(昭和三七年法律第四四号による改正前の所得税法一〇条の四、二項、二号)。

しかして、別紙(一)及び(二)の各部の土地は、原告が、財産税調査時期以前から所有していたものであり、資産再評価法の基準日以後昭和三六年一二月三一日までに、譲渡されているため、右各土地の再評価額をもつて右各土地の取得価額としたものである。

ところで、個人が所有する土地で、財産税調査時期以前に取得していた場合の当該土地の再評価額は、財産税評価額(旧財産税法二五条一項)に四〇倍(再評価倍数)した金額であり(資産再評価法二一条二項)、財産税評価額に旧財産税法二六条の規定に基づき、地域別、地目別に定められた一定倍率(財産税評価倍数、農地については、原則として地域別の区分はなく、田は四〇倍畑は四八倍である。)を乗じて算出された金額である(旧財産税法二五条同施行令一九条)。そして、右再評価額及び財産税評価額の計算を算式をもつて示せば次のとおりである。

賃貸価格×財産税評価倍数=財産税評価額

財産税評価額×再評価倍数=再評価額

ところで、別紙(一)及び(二)の各部の表に記載されている取得価額(再評価額)は右の各算式によつて算出したものであり、右各部の土地別の算出内訳は別紙(五)に記載したとおりである。

(被告らの本案前の主張に対する原告の反論)

一、本件昭和三五年分、昭和三六年分各更正処分及び本件過少申告加算税賦課決定処分の取消しを求める訴えについて

1 被告税務署長は右各訴えは訴願前置の要件をみたしていないから不適法であると主張するが、請求原因一2記載のとおり、原告は、前記異議申立てに対する決定書の謄本を昭和三八年一一月二八日に受領し、被告東京国税局長に対して同年一二月二七日に審査請求をしたものであるから、右審査請求は法定の審査請求期間内になされた適法なものであり、したがつて、右各訴えは適法な審査請求の手続を経ているものというべきであるから、被告税務署長の右主張は理由がない。

なお、原告は、原告の住所を東京都大田区大森六丁目二四五番地から同区大森四丁目一七七番地に移転したが、前記異議申立て決定通知書の原告の住居表示が旧住所となつていたため、右通知書の謄本の送達が遅延したものと思料される。

2 被告税務署長は、また、本件昭和三六年分更正処分の取消しを求める訴えは、右更正処分が本件再更正処分によつて効力を失なつたから訴えの利益を欠き不適法であると主張するが、国税通則法二九条一項によれば、本件のように増額再更正処分がなされた場合、再更正処分の効力はこれによつて増加した税額の部分についてのみ発生し、既になされた更正処分の効力は再更正処分によつて影響を受けないことは明らかというべきであるから、被告税務署長の右主張も理由がないというべきである。

二、誤納金の還付及び還付加算金の支払いを求める訴えについて被告税務署長は右訴えは行政庁である税務署長を被告としているから不適法であると主張するが、請求原因二4記載のとおり、本件の場合税務署長を被告とすべきであるから、右主張は理由がない。

三、本件昭和三六年分却下裁決の取消しを求める訴えについて

被告東京国税局長は、右訴えは、本件再更正処分によつて本件昭和三六年分更正処分が効力を失なつたことにより右更正処分を前提としている右却下裁決も効力を失なつたから、訴えの利益を欠き不適法であると主張するが、前記一2記載のとおり、右更正処分の効力は右再更正処分によつて影響を受けないものであるから、右主張も理由がないというべきである。

(被告らの主張に対する原告の認否及び反論)

一、本件昭和三五年分更正処分について

1 原告に昭和三五年中に給与所得二八万八〇〇〇円があつたことは認めるが、譲渡所得があつたこと、即ち、原告が昭和三五年一一月一〇日田野口元治に対して別紙(一)記載の宅地及び山林を贈与したことは否認する。

2 原告は昭和一二年一〇月一六日父亀吉の死亡により家督相続をしたが、右相続財産のうち別紙(一)記載の宅地及び山林を昭和一四年一〇月一六日原告の実弟である田野口元治に贈与し、昭和三五年一二月二一日その旨の所有権移転登記手続を完了したものである。なお、右登記手続において登記原因を昭和三五年一一月一〇日の贈与としたのは昭和一四年一〇月一六日の贈与とすべきものを右田野口ら関係者が誤つたものである。

3 仮りに、前記贈与の時期が被告税務署長の主張のとおりであるとしても、右贈与について旧所得税法五条の二を適用して原告に譲渡所得があつたものとすることは同条の解釈を誤つたもので、違法である。

即ち、旧所得税法五条の二の規定は、同法九条一項七号(山林所得)あるいは八号(譲渡所得)に該当する財産の譲渡がなされたにもかかわらず、遺贈または贈与による財産の譲渡がなされたもののように擬装し、または譲渡事実を秘匿するなどの反税行為をした場合、遺贈または贈与の時における時価により同法九条一項七号または八号に該当する財産の譲渡があつたものとみなして課税し、かつ、徴収する旨を警告し、この警告を無視して前記のような反税行為をした場合右条項に該当する譲渡があつたものとみなして時価による課税標準により課税し、かつ、徴収する旨を規定したものである。したがつて、真実財産を贈与した者がその旨の所有権移転登記手続を経た場合は、旧所得税法五条の二は適用されないというべきである。ところで、原告は、前記のとおり真実財産を贈与し、かつ、その旨の所有権移転登記手続を経たものであるから、原告の前記贈与について、旧所得税法五条の二を適用して課税することは違法というべきである。

二、本件昭和三六年分更正処分及び再更正処分について

1 原告に昭和三六年中に給与所得四九万一〇〇〇円があつたことは認めるが、譲渡所得三九七万七〇五五円があつたことは否認する。

2 石橋プレス工業株式会社に対する資産の譲渡について

(一) 原告が昭和三六年一二月二〇日被告税務署長の主張にかかる原告所有の宅地及び居宅を石橋プレス工業に八〇〇万〇〇〇〇円で売却したことは認める。

(二) しかし、右資産の譲渡は、措置法三五条一項に該当するから、原告は所得税を負担すべき義務はない。

即ち、原告は、前記居住用財産を昭和三六年一二月二〇日石橋プレス工業に売却し、一方、同年七月一〇日茨田直蔵から本件土地を買受け、右土地に住居兼用の本件倉庫を新築し、昭和三七年一月には右倉庫に移転して営業を開始している。もつとも、原告は、被告税務署長の主張するように、被告主張の頃から、本件倉庫を信栄運輸株式会社に賃貸しているが、これは、右倉庫に隣接する金属熱処理工業所から毎日発散する塩酸等の猛毒排気ガスのためにぜん息の持病を持つ原告は、ここに長期間居住することができず、やむをえず借家住まいを続けているに過ぎない。したがつて、原告は、排気ガスの被害が排除され次第本件倉庫に居住する予定であるから、右の事実は措置法三五条一項の適用を妨げるものではない。

3 田野口勝に対する資産の譲渡について

(一) 原告が昭和三六年四月四日田野口勝に対して別紙(二)記載の田及び畑を贈与したことは否認する。

(二) 原告は前記のとおり昭和一二年一〇月一六日父亀吉の死亡により家督相続した財産のうち別紙(二)記載の田畑を別紙(一)記載の宅地及び山林とともに昭和一四年一〇月一六日田野口元治に贈与したものであり、田野口勝は田野口元治からその後に贈与を受けたものである。なお、右贈与についての所有権移転登記手続において、登記原因を昭和三六年四月四日の贈与としたのは右田野口ら関係者が誤まつたものである。

(三) 仮りに、被告税務署長の主張のとおり原告から田野口勝に対して前記贈与がなされたとしても、前記一3記載のとおり、右贈与について旧所得税法五条の二を適用して原告に譲渡所得があつたものとすることは同条の解釈を誤つたもので、違法である。

4 相模鉄道株式会社に対する資産の譲渡について

原告が昭和三五年五月二一日被告税務署長の主張にかかる畑一、三七八・六平方メートルを相模鉄道株式会社に売却し、申告納付したことは認める。

5 本件重加算税賦課決定処分の適法性についての被告の主張は争う。

三、本件昭和三五年分、昭和三六年分各却下裁決について

右各却下裁決が適法であるとの被告東京国税局長の主張は争う。右主張に対する原告の反論は請求原因一2及び4並びに本案前の抗弁に対する原告の反論一1各記載のとおりである。

(原告の反論に対する被告税務署長の再反論)

原告は、本件昭和三五年分、昭和三六年分各更正処分及び本件再更正処分において、被告税務署長が原告の前記田野口元治、同勝に対する贈与について旧所得税法五条の二を適用して原告に譲渡所得があつたものとすることは同条の解釈を誤つたもので、違法であると主張するが、右主張に対する被告税務署長の反論は次のとおりである。

即ち、右法条は遺贈又は贈与に因り譲渡所得の基因となる資産の移転があつた場合及び著しく低い価額の対価で資産の譲渡がなされた場合は「その時の価額により……資産の譲渡があつたものとみなし」て譲渡所得を課するものであるが、同条が適用されるのは原告が主張するような場合に限られるものではない。

譲渡所得は資産の売却によつて初めて発生するものではなく、資産の値上り(経済的価値の増加)という形で既に発生しているものを売買、贈与等により所有者の支配から離れる際に清算しようとするものであるから、譲渡所得の発生には現実に譲渡の対価を取得したか否かを問わないことはその性質上当然である。したがつて、同条は右の観点から資産の移転によつて所有者が異るに至つた場合はたとえそれが贈与、遺贈のような無償の移転であつても前所有者の所有期間中に生じていた所得(値上り益)はその際に清算し、課税対象としたのであつて、右主張に反する原告の主張は失当である。

第三証拠

一、原告

1  甲第一ないし第五号証、第六号証の一ないし五、第七号証、第八号証の一、二、第九ないし第一三号証、第一六、第一七号証、第一八号証の一ないし三九、第一九ないし第二三号証(なお、第一号証欄外の「昭和三八年一一月二八日受取る」とあるのは原告代理人が記載したものである。)

2  証人田野口静吉(第一回)、同山下樹雄、同佐藤留治郎、原告本人

3  乙第三八号証、第四三号証の一及び同号証の二の(一)の成立はいずれも不知。その余の乙号各証の成立は(乙第四三号証の二の(二)、第四四、第四五号証については原本の存在についても)いずれも認める。

二、被告

1  乙第一ないし第二〇号証、第二一号証の一ないし三、同号証の四の一ないし五、同号証の五、第二二ないし第二六号証、第二七号証の一、二、第二八ないし第三八号証、第三九号証の一ないし五、第四〇号証の一ないし四、第四一号証の一、二、第四二号証の一ないし八、第四三号証の一、同号証の二の(一)、(二)、第四四、第四五号証、第四六号証の一ないし四、第四七号証の一ないし五、第四八号証の一、二、第四九号証、第五〇号証の一、二、

2  証人松原鋭夫、同田野口静吉(第二回)、同中村紀雄、同東口武雄、同富沢碩臣、同片山法新、

3  甲第一ないし第五号証、第六号証の一ないし五、第八号証の一、二、第九ないし第一三号証、第一六号証、第一九ないし第二二号証の成立はいずれも認める(ただし、第一号証欄外の「昭和三八年一一月二八日受取る」との記載部分の成立は不知。第一九、第二〇号証については原本についても認める。)第七号証、第一七号証(ただし、官公署作成部分の成立は認める。)、第一八号証の一ないし三九、第二三号証の成立はいずれも不知。

理由

一、まず、原告の被告税務署長に対する本件昭和三六年分更正処分の取消しを求める訴え及び被告東京国税局長に対する本件昭和三六年分却下裁決の取消しを求める訴えの適否について判断する。

1  請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで原告のなした確定申告にかかる昭和三六年分の税額等につき更正処分があつた後に、いわゆる増額再更正処分がなされた場合における両者の関係を考察するに、両処分は税務署長によつてなされる日時を異にする別個独立の処分であるが、いずれも既に観念的かつ客観的には成立している一個の租税債務をその正当な数額に具体化するための処分であり、課税標準またはこれに基づく税額(以下、単に「税額」という。)を全体として確定するための処分であつて、増額再更正処分にあつては更正にかかる税額の脱漏部分だけを追加確定する処分ではなく再調査により判明した結果に基づいて当初更正にかかる税額を含めて全体としての税額を確定する処分である(国税通則法二四条、二六条)。このように増額再更正処分は税務署長の税額全体に対する最終的かつ統一的な認識ないし確認というべき性格のものであるから、再更正処分が有効になされると更正処分は再更正処分と矛盾する内容をもつ処分として存続することが許されなくなるものというべきこと、また、審理の対象という面からみても右両処分の適否に関する争いは結局税額そのものの争いであるから、争訟手続上、両者を統一的に審理するのが適当であること等を併せ考れば、再更正処分により当初の更正は再更正処分の処分内容としてこれに吸収され一体的なものとなり、独立の存在を失うものと解するのが相当である。以上のように解し、更正処分の存続、併存を認めなくても、再更正処分の取消訴訟において再更正処分による増差額のみならず申告額を超える部分のすべてについてその手続上及び実体上の一切の瑕疵を主張して審理を受けることができるのであるから、納税者の救済としては欠けるところがないものというべきである。

したがつて前記認定のとおり、本件においては原告の昭和三六年分所得税につき昭和三八年七月三一日付更正処分後に、同四一年九月三〇日付再更正処分(増額)がなされているのであるから、当初の更正処分を独立の審理の対象としてその取消しを求める利益はないというべきである。

3  また、被告東京国税局長のなした右当初更正処分にかかる本件昭和三六年却下裁決の取消しを求める訴えも、既に右当初更正処分が本件再更正処分に吸収されて独立の存在を失つていること、原告は本件再更正処分に対して異議申立てを経由して審査請求をすることによつて右当初更正処分についての不服の申立についても審査を受けることができるから右裁決取消しの訴えも利益がないものというべきである。

二、不服申立前置の有無について

1  原告は被告税務署長が昭和三八年七月三一日付でなした本件昭和三五年分、同三六年分の各更正処分(昭和三六年分についてはさらに過少申告加算税賦課決定処分もなされた。)を不服として同年八月二七日被告税務署長に対し異議の申立てをしたこと、原告はさらに被告東京国税局長に対し同年一二月二七日審査請求をしたこと、同被告は昭和四〇年二月一二日に審査請求期間を徒過していることを理由に右審査請求をいずれも却下したことは当事者間に争いがない。

2  次に本件で争いのある被告税務署長作成にかかる異議申立決定書の謄本(甲第一号証、両年分各更正処分及び昭和三六年賦課処分に関する決定)が原告に送達された日につき検討するに、いずれもその成立に争いのない甲第一号証、乙第一、第三号証、証人東口武雄、同富沢碩臣の各証言を総合すれば、被告税務署長は右決定書の謄本を昭和三八年一一月二〇日原告宛に発送し、右決定書の謄本は翌二一日に原告の許に送達されたとの事実を認めることができる。

この点につき原告は昭和三八年七月二五日付の決定書の謄本を同年一一月二八日に受領したのであり、送達が遅れたのは原告の住所変更のため最初に発送したものが原告に届かず、被告税務署長が再度発送したことによると主張し、右主張に副う証拠として、甲第一号証の決定日付欄には「昭和三八年七月二五日」、決定書謄本作成年月日欄には「昭和三八年一一月二五日」、欄外には「昭和三八年一一月二八日受取る。」との各記載があり、また、甲第四号証には原告は昭和三八年一月一九日に東京都大田区大森西五丁目七番四号に転居した旨の、甲第五号証には被告税務署長が原告宛に発送した昭和三五年分、同三六年分所得税更正通知書が返戻されたため再度送附する旨の各記載が存する。しかしながら、甲第一号証の欄外「昭和三八年一一月二八日受取る。」との記載は原告代理人が書き加えたものであることは原告の自認するところであり、同号証決定日付欄の「昭和三八年七月二五日」、決定書謄本作成年月日欄の「昭和三八年一一月二五日」(七を消して一一と訂正している。)の各記載は、同号証を作成した前掲証人東口の証言によればいずれも同人の誤記によるものであることが認められ、また、同人及び前掲証人富沢の各証言によれば、決定書の謄本は税務署の事務処理規程により書留郵便で送達することになつていること、被告税務署長が発送した書留郵便を記録している大森郵便局作成の書留郵便物受領証の綴には被告税務署長が昭和三八年一一月二〇日原告宛に発送した記録はあるものの(乙第三号証)、それ以外には原告宛に書留郵便を再発送した記録はないことが認められるから、甲第四、第五号証の前記各記載も本件決定書謄本が昭和三八年一一月二一日原告の許に送達されたとの前記認定事実を左右するに足りる証拠とはいえず、他に右認定事実を覆するに足りる証拠はないので原告の右主張は採用しがたい。

3  税務署長に対する異議申立てについての決定があつた場合において、当該異議申立てをした者がその決定を経た後の処分になお不服があるときは所轄の国税局長に対し審査請求をすることができるが、右審査請求をなしうる期間は「その決定の通知を受けた日の翌日から起算して一月以内」と規定されているところ(国税通則法七九条三項、ただし、昭和四五年法律第八号による改正前のもの。)、前記認定事実によれば異議申立決定書の謄本が原告に送達されたのは昭和三八年一一月二一日であり、原告が審査請求をしたのは同年一二月二七日であるから右審査請求は審査請求期間を徒過したものであり、また徒過したことにつきやむを得ない理由があつたと認めるに足りる証拠はないので不適法なものというべきである。

したがつて、被告東京国税局長が、原告の昭和三五年分、同三六年分の各所得税にかかる本件各更正処分及び昭和三六年分過少申告加算税賦課決定処分に対する審査請求を却下した昭和四〇年二月一二日付裁決には何らの違法はなく原告の主張は理由がない。

4  ところで、更正処分及び賦課処分に対する取消しの訴えを提起するについては異議申立てに対する決定、審査請求に対する裁決をそれぞれ経なければならないことは行訴法八条一項ただし書、国税通則法八七条一項(ただし昭和四五年法律第八号による改正前のもの。)の規定上明らかであり、また、審査請求が実体審理に至らず却下の裁決がなされた場合は不服申立の前置があつたとはいえないものというべきところ、本件においては前記認定のとおり、原告のなした前記審査請求に対してはいずれも却下の裁決がなされており、右各裁決が適法なことは既に判断したとおりであるから、原告の求める昭和三五年分更正処分、同三六年分更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分各取消しの訴えは訴訟要件を欠く不適法なものというべきである。

三、誤納金還付請求について

原告は昭和三五年分、同三六年分所得税に関し誤納金の還付及び還付加算金の支払いを求めているが、右は実体法上、国が保有すべき正当な理由がないため還付を要する利得、即ち、一種の不当利得の返還を求めるものであるから右訴えの被告適格を有するのは抗告訴訟とは異なり権利主体である国というべきところ、被告税務署長は右訴えにつき被告適格を有しないから同被告に対する右請求は不適法なものというべきである。

四、原告の昭和三六年分再更正処分の取消しを求める訴えの当否について判断する。

1  原告の昭和三六年分の給与所得が四九万一〇〇〇円であることは当事者間に争いがない。

2  そこで争いのある同年分の譲渡所得につき検討する。

(一)  (石橋プレス工業株式会社に対する資産の譲渡)

(1) 原告が昭和三六年一二月二〇日原告所有の東京都大田区大森六の二六六五番所在の宅地 七七・六一坪(以下、「本件売却土地」という。)及び同番地所在の居宅建坪二九坪(以下、「本件売却建物」という。)を石橋プレス工業株式会社に八〇〇万〇〇〇〇円で売却したこと、原告が同年七月一〇日茨田直蔵から同人所有の東京都大田区大森東五丁目六三〇七番所在の土地八八坪(以下、「本件買受土地」という。)を買受け、右土地上に昭和三八年二月二八日木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建倉庫、一、二階とも各六六坪(以下、「本件倉庫」という。)を新築、完成したこと、原告は昭和三七年一〇月頃から原告の主宰する信栄運輸株式会社(旧商号城南倉庫株式会社)に本件倉庫を賃貸していることは当事者間に争いがない。

(2) 原告は本件売却土地及び建物の譲渡は租税特別措置法(昭和三七年法律第四六〇号による改正前のもの。以下、「措置法」という。)三五条に該当するから右各資産の譲渡にかかる所得について所得税を負担すべき義務はない旨主張する。

右主張の適否について検討するに、措置法三五条の居住用財産の買換の場合の譲渡所得課税の特例を受けるためには、個人が居住用財産を譲渡し、当該譲渡の日前一年の期間又は当該譲渡の日の属する年の一二月三一日までに当該個人の居住の用に供する財産を取得(当該譲渡の日の属する年の翌年で当該譲渡の日から一年以内に取得した場合を含む。但し、この場合は所轄税務署長の承認を受けることを要する。)することと、当該取得の日から一年以内に居住の用に供したこと(当該期間内にその者の居住の用に供さなくなつた場合を除く。)又は供する見込であることが必要である(措置法三五条一項、二項)。

(3) そこで本件をみるに、成立に争いのない甲第四号証、乙第二〇、第二四号証、証人中村紀雄の証言により真正に成立したものと認められる乙第三八号証並びに右証言及び原告本人尋問の結果(ただし、後記措信しない部分を除く。)によれば、原告は当初から本件売却土地及び建物の譲渡によつて得た資金で茨田直蔵から買受けた土地上に倉庫を建築し、石炭販売業から運送業に転業するつもりであつたこと、原告は昭和三七年一〇月頃から本件倉庫を前記信栄運輸株式会社に貸し付けた後、同会社の従業員が右倉庫に寄宿したことはあるものの、原告自身は昭和三六年一二月頃、即ち、それまで居住していた本件売却土地及び建物を譲渡した頃から、果物店経営の伊藤誠八所有の東京都大田区大森五丁目一六番地(旧番地)所在の家屋を賃借、転居し、昭和三八年一月頃まで右家屋に居住し、その後、同月一九日頃、同区大森四丁目一七七番地(表示変更後の住所、同区大森西五丁目七番四号)に転居し、さらに東京国税局の協議官であつた中村紀雄が原告から意見を聴取した昭和四二年五月六日頃に至るも同所に居住していたとの事実が認められ、右認定に牴触する証人佐藤留次郎の証言及び原告本人尋問の結果は信用しがたい。

右認定事実によれば、原告は本件倉庫を自己の主宰する前記信栄運輸株式会社に貸し付けており、専ら同社の営業目的に当てるため建築したものとみるべきであり、また原告は昭和三六年一二月頃から、同四二年五月六日頃までの間、本件倉庫には居住していなかつたのであるから、本件倉庫は措置法三五条の個人の居住用財産に該当せず、また、本件倉庫の敷地である本件買受土地も右居住用財産に該当しないものというべきであるし、右土地及び建物各取得の日から一年以内に原告の居住の用に供したこと、または供する見込であつたものともいえない。

なお、原告は、ぜん息の持病を持つているため本件倉庫に隣接する金属熱処理工業所から発散する猛毒排気ガスに耐えられず、ここに長期間居住することができず、やむをえず借家住まいを続けているに過ぎず、排気ガスの被害が排除され次第本件倉庫に居住する予定であると主張するが、このような事実を認めるに足りる証拠はない。

よつて、原告の措置法三五条が適用されるべきであるとする前記主張は理由がない。

(4) そこで本件売却土地及び建物の各譲渡にかかる所得金額を算定すると、右土地及び建物の譲渡価額は八〇〇万〇〇〇〇円であるところ、成立に争いのない乙第四二号証の二、五(No.、3)、六(No.、2)、第四七号証の二によれば取得価額(土地については再評価額、建物については残存価額)の合計額は被告主張の七四万四二四九円以下であること(即ち、土地の取得価額三六万八七六〇円、建物の残存価額三三万一三〇八円の合計額七〇万〇〇六八円であること)が認められ、右取得価額の合計と譲渡経費四万七三〇〇円の合計七九万一五四九円を控除すると、右譲渡所得の金額は被告主張の七二〇万八四五一円を下らないものと認められる。

(二)  (田野口勝に対する資産の譲渡)

(1) 成立に争いのない乙第二七号証の一、二、第二八ないし第三七号証(ただし、第三〇号証の地目部分の記載は除く。)、第四七号証の四並びに証人富沢碩臣の証言及び原告本人尋問の結果(ただし、後記措信しない部分は除く。)によれば、原告は原告の甥である田野口勝に対して別紙(二)記載の田及び畑を贈与するため、右各農地について昭和三五年一一月三〇日付で農地法三条による右各農地の所有権移転の許可申請を神奈川県高座郡海老名町(現在、神奈川県海老名市)農業委員会を経由して神奈川県知事に対してなし、昭和三六年二月一〇日付で右許可を得たこと、原告は同年四月四日、右各農地を田野口勝に贈与し、翌同月五日にいずれも所有権移転登記が経由された事実が認められる。

この点につき原告は昭和一二年一〇月一六日父亀吉の死亡により家督相続をしたが、右相続財産のうち、別紙(一)及び(二)記載の財産を昭和一四年一〇月一六日原告の実弟である田野口元治に贈与し、元治はその後、田野口勝にうち別紙(二)記載の田及び畑を贈与した等主張し、甲第七号証の記載、証人田野口静吉の証言(第一、二回)及び原告本人尋問の結果中には原告の右主張に副う部分がある。

しかしながら前掲証人田野口静吉及び富沢碩臣の各証言によれば甲第七号証の一枚目の用紙は農業委員会の用紙ではないこと、一枚目欄外及び署名下に押捺されている印影は高座郡海老名町の農業委員会長印ではあるものの、同号証の記載(田野口静吉署名部分を含む。)は田野口静吉が記載したものではないこと、同号証の記載内容について田野口静吉は伝聞の知識しか有しておらず、同人の供述と右書証の記載内容には食い違いがあること、また、同号証の二枚目は「海老名町公用紙」が使用されているが、農業委員会の事務とは直接関係のない山林をも証明の対象としていること等の事実が認められることから同号証は真正に成立したとは認めがたく、その記載内容は信用しがたい。また、証人富沢碩臣の証言によれば原告から別紙(二)記載の田及び畑の贈与を受けた田野口勝は昭和三六年分の贈与税の申告をしていることが認められ、原告本人尋問の結果中にも原告が田野口勝に白紙委任状と印鑑証明書を交付し、直接贈与したと供述した部分もあること及び前記認定事実に照らし、原告の前記主張に副う証人田野口静吉の証言及び原告本人尋問の結果は信用しがたい。

(2) なお、原告は旧所得税法五条の二第一項の規定は同法九条一項七号(山林所得)あるいは八号(譲渡所得)に該当する財産の譲渡がなされたにもかかわらず、遺贈又は贈与であるかのように擬装し、または譲渡事実を秘匿するなどの反税行為をした場合のみ適用されるべきであり、前記認定の田野口勝に対する贈与の如く、真実財産を贈与した場合について同法五条の二第一項を適用して原告に譲渡所得があつたものとすることは同条の解釈を誤つたものであり、違法であると主張する。

しかしながら、譲渡所得課税の本質は、資産が譲渡によつて保有者の手を離れるのを機会にその保有期間中の価値の増加益を清算して課税するにあるというべきところ、同法五条の二は右保有資産の価値の増加益に対する無限の課税繰延を防止するため、無償の譲渡(第一項)または著しく低い対価による譲渡(第二項)には時価による譲渡があつたものとして課税する趣旨であるから、同条第一項は原告の主張するような場合に限られるものではなく、被告が原告の田野口勝に対する前記贈与につき同条第一項を適用したことには何らの違法はない。

そこで同条第一項を適用し右贈与物件の価額を算定すると、成立に争いのない乙第四〇号証の一ないし四、第四一号証の一、二、第四二号証の一ないし八によれば別紙(二)記載のとおり、田の部は二万六三三〇円、畑の部は三六万二六五九円の合計三八万八九八九円であること、取得(再評価)価額が別紙(二)記載のとおり田の部六六〇〇円、畑の部七万八四〇〇円の合計八万五〇〇〇円であることが認められ、右譲渡収入とみなされる価額合計額から取得(再評価)価額を控除すると右譲渡所得の金額は三〇万三九八九円となる。

(三)  (相模鉄道株式会社に対する資産の譲渡)

原告が昭和三五年五月三一日原告所有の神奈川県高座郡海老名町柏ケ谷字天谷原四九一番の畑一、三七八・六平方メートル(一反三畝二七歩)を相模鉄道株式会社に代金七六万四五〇〇円で売却したとの事実は原告はこれを明らかに争わないから自白したものとみなすべきである。

したがつて、右譲渡価額七六万四五〇〇円から、成立に争いのない乙第四二号証の二、三、第四八号証の二により認められる取得(再評価)価額二万六八八〇円と、譲渡経費一四万五九五〇円の合計一七万二八三〇円を控除すると右譲渡所得の金額は五九万一六七〇円となる。

(四)  以上(一)ないし(三)の譲渡所得金額の合計額は八一〇万四一一〇円以上となり、課税される譲渡所得の金額は次の算式により三九七万七〇五五円(被告主張額)以上となる(旧所得税法九条一項)。

<省略>

したがつて被告税務署長のなした本件再更正処分には原告の所得金額を過大に認定した違法は存しない。

3  本件重加算税賦課決定処分の適否について判断する。

(一)  前記認定2(一)の事実及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第四三号証の二の(一)、成立に争いのない乙第四六号証の一、第四七号証の一、二によれは被告らの主張三の3の(一)の事実、即ち、原告は石橋プレス工業株式会社に八〇〇万〇〇〇〇円で本件売却土地及び建物を譲渡したのにもかかわらず、右買受人と通謀のうえ譲渡価額を五〇〇万〇〇〇〇円とし、譲渡収入のうち三〇〇万〇〇〇〇円を隠ぺいして譲渡申告の確定申告をしたことが認められ、右認定に牴触する原告本人尋問の結果は信用しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  前記2(一)の認定事実及び成立に争いのない乙第四六号の一ないし四、第二四号証及び証人片山法新の証言によれば被告らの主張三の3の(二)の事実、即ち、原告は居住の意図のない倉庫用建物を取得するつもりであつたにもかかわらず、措置法三五条の適用を受けるため居住用建物を取得する見込みであることを仮装した建築見積書を添付し、昭和三七年一月三一日被告税務署長に対し、代替家屋の取得価額の見積額等の承認申請書を提出したこと、原告は同年三月一五日に前記虚偽の譲渡価額五〇〇万〇〇〇〇円及び取得見込価額三七八万〇〇〇〇円を基礎として石橋プレス工業株式会社に対する本件売却土地及び建物の譲渡にかかる所得金額を一〇二万七九九五円と算定し、虚偽の確定申告書を提出し、所得税額を免れるべく作為したとの事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがつて被告税務署長が原告に対し本件重加算税賦課決定処分をなしたことに何らの違法はない。

4  原告は被告税務署長のなした本件再更正処分は国税通則法七〇条一項に定める除斥期間を超えてなされた違法があると主張するが、前記認定のとおり、被告税務署長のなした再更正処分により原告が納付すべき税額の基礎となつた事実は原告が仮装隠ぺいにより不当に所得税額を免れようとした行為によるものであり(右認定に牴触する原告本人尋問の結果は信用しがたい。)、右行為は国税通則法七〇条二項四号の「偽りその他不正の行為によりその全部若しくは一部の税額を免れ」た場合に該当する。

したがつて、被告税務署長は原告の昭和三六年分確定申告の法定申告期限である昭和三七年三月一五日から五年を経過する日まで更正処分を行うことができるのであるから、同被告が昭和四一年九月三〇日付でなした本件再更正処分には原告主張のような期限制限に違反した違法は存しない。

なお、本件再更正処分においては前記石橋プレス工業に対する譲渡のほかに前記田野口勝に対する田及び畑の贈与についての計算誤びゆうによる加算も含まれているが、国税通則法七〇条二項四号は「偽りその他不正の行為」により脱税した納税者に対して適正な課税を行うことができるよう、更正処分のできる期間を延長したものであるから、「偽りその他不正の行為」により税を免れようとした納税者に対し同号に基づいて更正する場合は不正によつて免れた税額に相当する部分のみに限られず納税者の所得全部を更正の対象とすることができるから、この点についても本件再更正処分には違法は存しない。

5  原告は昭和三六年分の譲渡所得税の申告を行うにあたり大森税務署職員の指導を受けたが、その際、担当の税務署職員は旧所得税法五条の二、第三項の存在する旨を原告に教示することを怠つたからその申告指導には重大な瑕疵があり、それにしたがつてなされた原告の申告は無効であると主張する。しかしながら、成立に争いのない乙第四七号証の一ないし五及び証人片山法新の証言によれば、当時、大森税務署職員であつた片山法新が原告から原告の譲渡所得にかかる再評価税申告の相談を受け、主に計算関係を指導したのは昭和三七年三月一三日頃であつたものと認められるところ、原告の主張する旧所得税法五条の二、第三項は昭和三七年法律四四号により追加規定され、同年三月三一日公布、同年四月一日から施行されたのであるから(附則第一条)、右片山において、右指導の頃同法条は未だ施行されておらず、原告の右申告には適用のない法条を教示する義務は毛頭ないものというべく、原告の昭和三六年分譲渡所得税の申告には何ら原告主張のような違法はない。

6  以上のとおり、被告税務署長のなした原告の昭和三六年分所得税にかかる再更正処分には原告主張の違法はないから、原告の右再更正処分の取消を求める請求は理由がない。

五、(結論)

よつて、原告の本件各訴えのうち、被告税務署長に対して原告の昭和三五年分の所得税についての更正処分並びに同三六年分所得税についての更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分の取消しを求める訴え、同被告に対し金員の支払いを求める訴え、被告東京国税局長に対し原告の昭和三六年分の所得税についての更正処分に対する審査請求却下の裁決の取消しを求める訴えはいずれも不適法であるからこれらを却下し、本件各訴えにかかるその余の請求はいずれも理由がないのでこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山下薫 裁判官 高橋利文 裁判長裁判官安部剛は転任のため署名押印できない。裁判官 山下薫)

別紙(一)

宅地の部

<省略>

山林の部

<省略>

<省略>

別紙(二)

田の部

<省略>

畑の部

<省略>

別紙(三)

賃貸価格表

宅地の部

<省略>

山林の部

<省略>

<省略>

田の部

<省略>

畑の部

<省略>

別紙(四) 評価額の算出内訳

<省略>

取得価額(再評価額)の算出内訳

<省略>

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